『丸直』を訪ね、驚いたこと。

尻は正直だ。今年(2022年)5月の終わりに沖縄本島南端の喜屋武岬から、北海道北端の宗谷岬まで6泊7日で走った際も、その正直さに泣かされた。ベトナムHONDA製のスーパードリームという110ccのカブはロングタイプのWシートながらアンコが薄いので、尻が1時間と保たず、連日あまりにツラかった……。

『丸直』を訪ね、驚いたこと。それゆえ名古屋に『丸直』を訪ね「ロングツーリングでお尻が少しでも痛くならないシートに」とお願いした次第だ。そんなオーダーも多いそうで、打合せはスムーズに。その後せっかくだからとファクトリーを拝見し驚いた。不遜にも下町の町工場的な、葛飾柴又「とらや」裏手のタコ社長のいる印刷工場(男はつらいよ、ですね)ぐらいの作業場をイメージしていたら、見事に裏切られた。〝バイク事業部〟は一部門に過ぎず、本来『丸直』は自動車メーカーの内装品の先行試作や、ロットの少ないハイエンドな手工芸仕上げを得意とする、工房であり工場だった。当然メーカーの厳しい基準に合致しており、徹底してクリーンだ。

『丸直』を訪ね、驚いたこと。以前、ライフスタイル誌のクルマ担当をしていた頃に英国の高級車『ベントレー』の生産拠点を、ロンドンから北西に250kmほど行ったクルーに訪ねたことがある。そこには、さらに贅を尽くしたいカスタマーのためのビスポーク部門「マリナー」があり、一点ものの内装やオプションを仕立てていた。骸骨スカル模様が浮き出たメイプルのウッドパネルのストックや、『丸直』を訪ね、驚いたこと。指物師が仕立てたようなフライフィッシングキットなど、なんでもアリの世界だったが『丸直』のクリーンなファクトリーはそこになんら見劣りしていない。それどころかコストを含めた誠実さでは勝っている点もあるようにうかがえた。そして個々のオーダーに寄り添い、手作業で丁寧にバイクシートをリメークしていることを知り、そこで仕立てられているシートは全てビスポークであることに改めて気づかされた次第だ。

我がスーパードリーム号のシートは、アンコを3cm盛り足し、ゲルザブを埋めこんだ後シート表皮も張り替えられ戻ってきた。さっそく装着してみれば、ポジションが少しだけ高くなり、ライディングフィールまで変わった。尻は少しシートに沈み、前後に滑ることもない。

次のロングツーリングが楽しみだ。私の正直な尻は、今度はなんと言うのだろう。

オートバイ文芸誌『バイカー春秋』編集長  瀧 昌史さん
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